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定冠詞 el の起源

ホームページを作ったからには内容をもうちょい増やしたいところ。そんなわけで、自分の勉強も兼ねて、不定期でスペイン語の単語の起源やら進化の歴史を簡単に説明していこうかと思います。基本的には使用頻度の高い語から順に扱っていきます。そんなわけで初回は定冠詞 el 。今回は Sanz, María Jesús という人の Origen y evolución del artículo español ‘スペイン語冠詞の起源と進化’ という論文を大いに参考にしました。

el の語源はラテン語の ille という語です。ラテン語には冠詞というものがそもそもなく、この ille は「あの、その」つまり、aquel, ese のような意味を持った指示詞です。指示詞が冠詞に進化する、というのはスペイン語やイタリア語といったロマンス語だけでなく、英語のようなゲルマン語にも見られる、鉄板のパターンです。例えば英語の The の語源は þe という指示詞です。

指示詞なわけですから、Ille canis ‘その犬’ という具合に使われていたのですが、ラテン語から初期のスペイン語へと移行する過程で徐々に「あの、その」という意味が失われていき、el perro ‘(特定の)犬’ というようにほぼ意味を持たない、特定性を抽象的に表す冠詞になったわけです。

意味が失われたなら淘汰されてもよかったのでは?

当然ながら、↑のような疑問もわきます。特に冠詞を持たない日本語を母語とする我々は、冠詞がなくてもどうにかなることを知っていますし。この点について、先に挙げた Sanz 先生、および、スペイン語の歴史研究の大家である Lapeza 先生は、この冠詞は初期のスペイン語において、主語のマークとしての側面が強かったとしています。

ラテン語という言語では名詞や形容詞も状況に応じて形が変わります(格変化)。例えば、libro の語源である liber は、liber ”本は, liberi ‘本の’, libero ‘本に’ と様々な形をとります。学習者的にはなかなかハードなのですが(これのせいで私のラテン語の勉強は一向に進まない)、このように逐一形が変わることによって、名詞が主語として使われているのか、直接/間接目的語として使われているのか、はたまた所有形になっているのかが一目でわかるという利点があります。例えば、liber ときたら、「ああ、この『本』は主語なのね」となります。名詞について、主語フォーム、直接目的語フォーム、間接目的語フォーム, etc. が存在し、確立されていた、ともいえます。

と、それなりに便利だった格変化システムですが、やはり複雑だったこともあってか、失われてしまいます。しかし、そうなると今度は名詞が主語として使われているのか、目的語として使われているのかというのがわかりづらくなってしまうわけです。特にスペイン語は動詞が主語に応じて形が変わる言語ですから、何が主語なのかを判別することは極めて重要なわけです。そこで冠詞が役に立ちました。初期のスペイン語では、冠詞はもっぱら主語につけられていたので、el ないし un がついているものが主語、ついてなければ主語ではない、という判定ができるわけです。主語のマーク、というのはこういうことです。まあ、今のスペイン語では目的語や前置詞句内の名詞にもつくようになっており、学習者や私の悩みの種になっているのですが。

現代スペイン語では、基本的に主語には冠詞、指示詞、数詞など、なにかしらをつけることが必須ですが、その背景にはこうした歴史的な経緯があったと考えられます。こういう文法ルールも、歴史的な経緯を踏まえると、無味乾燥なものからなんとなく血が通ったもののように思えてきてよいなと個人的には思います。

「アザラシ」は foca で女性名詞なのですが、つっこまないでください。

コメント一覧

高松祐太2020年11月8日 6:28 PM / 返信

大変面白いですね。恥を忍んで言えば、語源や言語の歴史的変遷は私の心を惹きつけて離しません。つたぴの先生には、これからもどんどんこのコーナーを展開していってほしいです。

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